是々非々、想像力
2018/07/31
例の生産性という言葉を巡る各方面の意見や思惑が入り乱れてTwitterのタイムラインはしっちゃかめっちゃかの様相を呈しておりますね。普段は僕も意見に同意することが多いフォロワーさんがちょっと違うかなって意見だったり、普段の発言的にはあんま合わないかなって人が珍しく同意できること言ってたりします。政治的に利用されるようにまでなってしまって、あーあって感じですが、政治家の発言が発端なので仕方ないですね。誰かのツイートで「これ以上LGBTが厄介だと思われたくない」ってのがありましたけど、これまでわりと大多数の当事者はこういった問題、特に政治が絡むようなことには沈黙を守ってきたのではないかと思うのです。一部の声が大きめのゲイの人たちがこの世のゲイのなんたるやを自分たちのコミュニティと価値観で広めておいででしたけれど、社会の中で溶け込んで静かに暮らす当事者には非現実的なものだったのではないでしょうか。でも今回はわりと皆さん各々が思うところを述べていらっしゃる気がします。一見、雑な言葉を使った思慮の浅い政治家と過剰反応する言葉狩り、というこれまで何度も定期的に行われてきたことのようで、何かが今までとは違うのかなと思いました。
僕がゲイであるっていうのは僕の大きな一面ではあるけれど、いくつもある面のひとつに過ぎなくてそれだけで僕を形作ってるわけではないので、ゲイだからこういう考えだろう、みたいなのにはあんまり同意できないんですけど、だって男だから、女だからって理由で考えが統一されてるわけでもないですもんね。ゲイだからって皆が同じ意見じゃなくてもいいとは思うんです、ましてやLGBTなんてまとめられちゃってもLBTのなんもわかりませんし、ゲイのことだって自分が経験してきたこと以外はわからないことも多いです。
自分が経験してきたことを思い出してみれば、やっぱりゲイだったからつらい目にあったってことはあったなあって思います。逆にいえばゲイじゃなかったらしなくていい苦労は少なからずしたな、って思います。TLに流れてきたツイートで、別に僕に宛てたものではないですが、「ゲイだから辛い思いしたのではなくて自分自身の問題」みたいなのが流れては過ぎてゆきましたけど、ずいぶん自分を厳しく律して生きてこられたのだろうなと思いました。それは突き詰めていけばすべての事象をどのように認知するかは本人次第という極論もありえますね。親切にされたことを逆に疑ってしまう人や、皮肉を言われているのに喜んだりする人もいるでしょう。「オカマ気持ち悪い」って言われても気にしない人もいるでしょう、ただ、気にする人もいるんです。人間いろんな人がいますので、ゲイであっても最高に幸せに生きてきてゲイ関連で嫌な思いしたことなんて1度もないよって人ももちろんいるでしょうし、一方でゲイってことでずいぶんと悩んだり辛い思いをした人ももちろんいると思うんですよね。皆自分のこと以外は想像するしかないし、それが思いやりってもんなんじゃないかと思います。それを自分が経験していないからと言って、日本には存在しない、と言い切ってしまうのはちょっと傲慢だなと思います。
仕事の話をします。僕は今幸いブラックではない企業で働いているので、残業もないし、給料は都内で一人で生活していけるくらいはもらってますが、だからって今ブラック企業で働いている人たちに「ブラック企業が悪いのではなくて悪いのは自分自身」とは、ちょっと言えないですね。僕もここに来るまではいくつかブラック企業で働いてたもので、そういう境遇にいる人たちのことを想像するくらいはできますので。あと、自分が今の境遇に居るっていうのは、自分の能力はもちろん必要なんですが、やはり運とかタイミング、そして周囲のサポートとか、そういう自分でどうこうできないところで助けてもらったっていうのがあると思うんです。なので、謙虚でいないといけないなと思います。
あと、僕はなにごとも是々非々で考えていきたいと思っていて、こんなに語ってるので自分の立ち位置をあいまいにしておくのも読んでる人からしたらもやもやすると思うので書いておくと、杉田議員の意図する同性愛者への過剰な支援は不要、と言うのには賛同していて、ただ生産性って言葉をあえて使う必要があったかといえばなかったと思っているし、そもそも生産性に言及しなくても自立して生計を立てている人々に過剰な支援は必要ない、と言うだけで十分に意図が通じたと思う中で、どうしてもその言葉を使わずにおれなかったところに、同性愛へのある種の偏見を感じます。それを使うことでこうやって混乱が起きるのも彼女の政治家としての配慮の無さがあったと思います。さらに言えば、「LGBは性的嗜好の話です」と言い切っているあたりに強い違和感を感じますし、「ペット婚、機械と結婚させろという声が出てくるかもしれません」というくだり、それどうしても言わずにおれなかったのかな、と思いました。まるで寄稿文を執筆しているうちにヒートアップして過剰なことを書いてしまったかのようです。「歴史を紐解いても迫害の歴史はありませんでした」というところ、歴史といいますが、例えば江戸時代の常識で今現在に受け継がれているものがそんなにあるんでしょうか。昔は夜這いが普通だったからって今夜這いしたら捕まりますし、30年前までは職場のデスクでタバコを吸うのも普通だったのが今はどこも禁煙になっている、価値観は変わり続けるし、昔、ある時代に迫害がなかったから今も受け入れられている、というのは納得できる説明ではありません。迫害の歴史はなくとも、世間的に忌避される存在だった、すくなくとも戦後から現在まではそうだったと思います。彼女が意図していた同性愛者への過剰な支援は不要、さらにそれを政治利用しようとするのも反対、という意見は賛同できるものなのに、その理由にぜんぜん賛同できなくて、残念です。基本的にネットでわりとよく見る同性愛に対して"論破している風"な意見の受け売り、寄せ集めな感じがしました。ご自身がこれまで一生懸命勉強して活動してこられた分野では、専門的な知識や知見をお持ちなのだと思いますし、賛同するところもあるので、専門外のことへは慎重に行動された方がよいのではないかと思います。でも一方で、生産性という言葉を文脈から切り離して非難し、政治利用する行為もまったく同意できませんし、当事者不在で利用されてこれ以上誤解が生まれる形で同性愛の認知が広がっていくのも残念だと思いました。
なんだかこの件で、沈黙を守っていたゲイの人が意見をいったりすることで、ゲイはぜんぜん一枚岩じゃないってことが表面化したなあと思いました。ゲイってこと以外共通点ないのだから当然といえば当然ですけど、でもそれぞれの意見が出るというのは健康的なのでは、と思いました。
::::::::
ブログランキング参加してます。クリックしてもらえると記事書く励みになります。
あとコメントももらえると喜びます。