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里山の写真見てきた

こんにちは、いかがお過ごしですか。梅雨入り直後なのにさはやかに晴れとります。僕は異常者が巣食う貧民窟に居住しているので朝7:00から掃除機をかける上階の異常者と隣のショットガン咳異常者が響かせる謎のモーター音により本日のスタートをきりました。一通り「うるせえ!!朝から掃除すんな!!!!」などと発声練習をしながらベッドの中でまどろみ、1時間ほどゴロゴロしてベッドを出ると身支度を整え、トーストにバターを塗りコーヒーとともに食して出かけました。写真美術館でみたい展示がおとといから始まっていたからです。里山を撮影した展示だったんですけど、とてもよかったです。山の中のうっすら霧のかかった写真からは地面から香り立つ湿った匂いが伝わってきましたし、人が分け入らない深い山の木々に激しい雨が打ち付けている写真を見ては、自分が存在しないどこかであっても確実に世界の営みがあるんだなという気持ちになりましたし、棚田の写真がたくさんあって、日本全国さまざまな場所の昼、夕方、夜の写真を見て、日本って本当にひとつの国だなって思いました。どういうことなんじゃい、ですが、北から南まで割と広く気候もそれなりにばらついていて、海に近い地域もあれば山の中にある地域もあるけれど、お米作ってきた文化が1,000年とか1,500年以上続いてじわじわじわりと津々浦々まで広がっていって、この日本の風景が根付いてるんだなって思いました。よく新幹線とか特急乗って外を眺めてると、都市部と都市部の間を走ってるとき、ほんとに似たような家や風景がずっと続くじゃないですか。静岡で見る景色と佐賀で見る景色が似ているんですよね。そういうとき、同じ国だなって思います。だって海外行くとわりと近い国でもまじで全然日本とは異質な風景ですからね、そう考えるとこのグローバル的世界においてもまだまだ国々の地域性が残っていて素晴らしいと思いますし、画一化されないでほしいですね。この展示、里山っていうのも良いなポイントでした。雄大な大自然の写真、とかってわけではなくて、そこに人がいたりいなかったりする風景なのがいいです。いつだったか、いつの日か誰かが腰掛けて水筒のお茶飲んだかもしれない山の中の岩とか、そこに座ってみたくなります。人の存在が自然の風景にストーリーを与えます。あとは、野焼きの写真とかもよかったです。僕が幼いころも地元で野焼きやってたんですけど、消防車が来て待機してる中で普通にめちゃ広範囲の急斜面に火を放って燃やし尽くすとかダイナミックですよね。野焼き後の地面にわらびとか生えてきたりなんかするのも大変よいです。海の風景もよかった。日が沈む少し前の入江の静けさから水面をかすめた潮風が香ってきそうでした。もう少しだけ時間が建つと海沿いの民家に明かりが灯るんだろうなという感じ。僕は東京に住んでおり、それも好きで住んでるんですが、だからといって別に揶揄するというわけではなく、ここで生活するのはきっと大変なことがあるだろうなというような山の中、海の側で暮らす人達の日常は不便なこともあると思うのだけど、そういったところで生活している人がいるからこそ、その地域が「自然」に飲み込まれることなく里山であり続けてくれているというのが、ありがたいなと思いました。まあ住んでる人たちからしたら別にお前のために住んでるわけじゃねーから、だと思いますし、都会別に一ミリも興味ない、って人もいると思いますけれど、やはり自分が田舎出身なので原風景のようなものがあり続けてくれてるのは勝手にサンクスねという気持ちです。展示見て食器買ってほぼ水の泡聴きながら体を揺らしながら散歩しつつスーパー寄って帰ってきてチャーハン作ってビールと食べて梅酒の梅6粒くらい食べたらもう眠いですので昼寝します。

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