ばあちゃんを思い出す曲
こんばんはお元気ですか。僕は酔っ払っています。久しぶりにワインがぶ飲みしてるからです。気づけば最近お湯割りばかり飲んで蒸留してたので醸造しているわけです。今日は有休とって転職の面接いってきたんで、アーリーイブニングワインし始めて今いい感じってことです。ところで音楽って素晴らしいと思うんですけどそらカヲルくんもリリンの生み出した文化の極みだよ評価してくださるわけですが、人生の節目で記憶に焼きごてされてる曲ってあるじゃないですか。僕もいくつかあるんですけど、東京事変の生きるって曲があるんですけどこれが僕の転換点の時期によく聴いてた曲で、2010年あたりを思い出すんです。最初この曲聴いたときは歌詞の内容からして当時認知症末期寝たきり意識なしリウマチひどい口は開きっぱなし虫歯になってしまってる祖母のことを強く思い描いたんです。当時まだ存命でしたけど、あんなにハツラツテキパキ完璧主婦朝5時起き掃除洗濯炊事すべて完璧にこなしてしかもあの世代でフルタイムで水道工事会社で事務の仕事をしてた祖母のことを。僕の父すなわち祖母の息子が借金しまくって蒸発したりなどを始めとしたバラエティに富んだ親不孝をしまくったからか、心労からか、祖母はある年脳梗塞で倒れてしまって、その後も復活してハツラツしてたんですけど年月が経つごとに脳梗塞の影響なのか認知症が出てきてしまって、徐々に僕のこともわからなくなってしまって寝たきりになってしまった祖母のことを、生きるを聴くと思い出してたんです。歌詞的に。きっと体はままならなくても祖母は生きているわけで体と心が離れてしまっているんじゃないかって思ったんです。そんなことを考えて生きていた2010年辺り、僕はデザインの仕事がしたいと思って、新卒で就職した会社を辞めたんです。動機はいろいろあるけど一番強かったのは「ちゃんと頑張ってる人が出力の仕方がへたっぴなことで正当な評価を得られていないことをサポートするためにデザインの力が役に立つのでは」と思ったからです。あのころ、辞めたはいいけどな~んにも知らない若者だったので、美大に入るために美大用の予備校に実家太勢が通ってるなんてことも知らずに、美大の夜間部の説明会に行っては授業料の高さにたまげて、それでもデザインの道に進みたいなって思って某専門学校の上位である渋谷にある某沢の試験受けたりして、平面構成の試験があるっていうんで僕ヤマトのりもって行ったら周りは周りはペーパーセメント持ってきてて(????)ってなったド素人みたいな状況で当時大学からの親友男(今は疎遠)になかばヤケクソでもういいんだ、みたいなことを無職のくせに話したら「ほんとにそれでいいの?◯◯(僕)はそれやりたいんじゃないの?できる限りの可能性に当たれよ、学校は他にもあるだろ」みたいなことを普段は馬鹿話してるのに真剣なトーンで言われて目が覚めたんですよね。それでとあるグラフィックデザインの専門学校の入試を受けて夜間部で2年間通ったんですけど、生きるを聴くとあの頃の明日のあてもない無職の途方もない絶望と不安の4畳の廃墟みたいな洗濯機置場外みたいな状況を思い出すんですよね。ばあちゃんのお見舞いに行くたびにかわいそうで、でも自分はまだ五体満足若さもある、まじでなんのツテもないし保証もないけどやるしかないじゃんっていうあの時を思い出すんですよね。このばあちゃんは父方ですけど、母方の祖母(僕が生まれるより9年前に亡くなってる)の口癖が「なるようにしかならん!」だってていうのを母から聞いてたので、それを思い出してくよくよしたってしかたない!っておもってなるようにしかならん!って思ってただひたすらに進んでた若かりし頃を、「生きる」を聴くと思い出すんです。あの部屋の光景、不安な気持ち、昼間働いて夜学校に行って深夜まで課題を作ってて、でもそれがすごく楽しくて学校も楽しくてクラスメイトも最高でいまだに親友で、あの頃を思い出して、「なんばそがんくよくよしよっとね、しっかりせんね!◯◯◯ちゃんらしくなかよ!!」ってハツラツテキパキしてたばあちゃんが喝を入れてくれるような気持ちを思い出せる曲なんですよね。だから今日は生きるを聴いてばあちゃんを思い出しながらワインをがぶ飲みしてます。いいばあちゃんをもって幸せだな~って思います。
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