Augustsky

30代ゲイが日々のことを書き綴るブログ

一般

つれづれ書くJan2024

こんばんは、ワイン飲んでいますか?僕は飲んでおりますよ。マライヤが眠りについても香美は年明けても聴けるからいいですね。僕はスキーもスノボも行ったことがないんですけど、齢39、もう現世では行くことはないでしょうね。初めてスノボ行くみたいなのは大学時代に済ませておくのがこの社会の理ですからね。でもまあ一度くらいゲレンデで香美を聴いてみたかったですね。まあ家でワイン呑みながら踊って聴く香美もいいですからね。ところで僕はエヴァンゲリオンの熱烈なファンであった少年だったんですけど、シンの公開から数年が経った今でもやはり、破のあと、それまでの貢献者が離れていってしまったことが残念だったなという感じですね。脚本の台詞回し、TV版や旧劇、しびれたものですよね。リツコとゲンドウの関係とかさ、やはりストーリーの素晴らしさもあれど脚本って本当に大事なんだなって思いましたよね。急以降は、オタク(監督)がキャラクターに説明ゼリフ言わせてるみたいなのが多くて、うんざりしちゃいましたもんね。餅は餅屋ですよ。ところで最近僕は餅ブーム訪れてて、割と餅を食べます。切れ目が入ってるやつねサトウのやつ。オーブンレンジの天板にクッキングシート敷いて焼いて食べてます。餅という文化の素晴らしさ、まだ嚥下力があるうちにたくさん食べておこうと、嚥下力ありがとうという、そういう気持ちで食べておりますよ。僕は半年に一度くらいFacebookを見るんですけど、今見てみたら、前職のプロモーション用に作ったアカウントの方では台湾の代理店さんが来日してて前職の同僚とご飯食べてていいな~僕も会いたかったな~って思ったのでわ~いいな~ってコメントしました。もっと昔から登録してた個人用のアカウントに入ってみたら地元の同級生がお子さんのお宮参りにいってたのでいいねしたのと、大学時代の友達が二人目のお子さんが生まれたってことでいいねしておめ~ってコメントしときました。人間関係のメンテナンス、大切ですよね。黙ってても、何もしなくても僕と交流してくれる人なんていないわけですから、僕に親切にしてくれる人や、楽しく同じ時間を過ごしてくれるような人々には感謝してちゃんとこちらからも行動を取る必要がありますね。なかなかできないことでもありますけれど。僕は前職、5年半いたんですけど、僕の人生で最長だったんですね。20代はまじでブラックを転々とする流浪の民、エグザイルでしたから5年半も働いたのゴイスーって思ってたんです。しかもキャリア的にものすごいたくさんのことを経験することができてめちゃくちゃ成長させてもろたんですね、なので喉元すぎればって感じではありがとね、前職。あんま絡みないけど素敵な日本進出40周年にしてね、って感じなんですけど、なんと現職に移ってから来月で4年が経つんですね。まじで、この4年のうち3年は、一ミリも成長できなかったんですね。まじで。それが最近、少し状況が変わってきておりましてですね、というか秋頃からなんですけれど、僕がネシヤに行ったことはこのブログの愛読者であればもちろん履修済みではあると思うんですけどそのあたりで、僕のもつポテンシャルが社内的に一気に認知されてですね、もともともリージョンレベルでは別の意味で僕のポテンシャルは認知されており、国内というよりはリージョンの仕事でおぼえめでたく評価されておったわけですが、それがローカルレベルでも認知されてきたことにより、僕の日本のオフィス的な意味でのおぼえがわりとめでたくなったわけです。一方、僕の同僚、っていうか前職のときは上司への不満とかめちゃくちゃブログに書いてたんですけど現職ではほぼ書いてなかったわけですけれど前職の非じゃないくらいまじで現職の同僚まじでやばいので、まじでやばいんですけど、この同僚への社内的評価も(僕からしたら)正当な方向になってきてですね、これまで「◯◯さんはようやっとる!」みたいなざっくりしたイミフ評価だったところが現実的な評価になってきたわけです。すなわち、まじでコイツやべえということが僕以外の人間たちに認識されてきたということです。僕は同僚と一番関わる立場で仕事をしていますので、社内で一番やばさを知っていたわけですけれど、他の人はあんまりわかってなくて、しかもこの同僚は、他部署の人々とは社交的に飲みに行ったりとかして交流して仲良い感じになっており、その流れからなんとなく、仕事ができるか否かは置いといて、「〇〇さんはようやっとる!」的なポジションを確保してたわけです。一方僕はほぼ在宅してますし同僚と一ミリも仕事以外で交流したくない派なので、あいつどういう人間か誰も知らねえ、みたいな存在なわけです。でも仕事は僕のほうが全然してるわけです。リージョンレベルでもグローバルレベルでも僕のほうが仕事はしており、名も売れているわけですけれど、そんなこたローカルの人間は全然知らないわけなのですが、この度、風向きが変わってきたんですね。同僚のやばさに我らのローカルの上司がやっとこさ気づいたわけです。なので、現在僕はローカルの上司から権限を移譲してもらい、ポジションをもらう方向に向けて動いているわけですが、上下関係が完全に決した暁には、同僚の僕に対するこれまでの狼藉、きっちり報いを受けてもらうつもりでおります。石の上にも三年、ゴミと働きもうすぐ四年、チャンスのめぐりは自分でコントロールできないけれど、めぐって来たときにわしづかみにするのが大切ですね。タイミングの違いはあれど、機会は平等に訪れるものの、結果に平等はないということを理解していないといけないですね。ところで僕は子供のころ、親から何かを強制されるということは一切なかったんですけど、自発的に小学生の頃ピアノとスイミングスクール、そして中学生のときに英会話教室に行かせてもらうよう頼んで行かせてもらったことがあるんですけど、やはりこういった機会を提供してもらえるということは本当に恵まれていたなと思うんです。特に英語は今でも仕事で使っていますし、若かりし頃の基礎がなければこうはならんかったでしょうから、本当に親には感謝しています。僕には姪が3人おりますが、上二人は勉強あまり好きではなく、それでも一番上は見た目がめちゃくちゃいいのとめちゃくちゃ陽キャなため、人生の荒波を目つぶっても乗りこなすくらいの猛者であるのもあって、高卒で生きていくことを早々に決めてもう就職先も決めてるんですけど、次女は不登校を継続しまくっており、三女は普通に楽しく学校にいって勉強もわりと好きな感じなんです。僕は別に経済的な援助をしているわけでもなく、何も口出しできる立場にないため、基本なにも言わないんですけれど、僕自身が親に与えてもらった教育的投資を考えたときに、若き可能性をもっと活かすことがきっとできるような気がするなという気持ちがどこかにあります。子供って何も知らないし、この世にどのような選択肢が存在するかも知らないわけですけれど、大人はそれらを知って、ときに知るのが遅きに失することもあり苦い経験をしているわけで、年長者、先駆者はあとに続くものにそれらを共有することが義務ではないかと思うこともあるのですけれど、親である兄のことを差し置いて僕が言えることなどありませんので、ただただ、残念な気持ちで傍観しております。僕はBBC promsで辻井伸行さんがラフマニノフを演奏されている動画を見るのが好きなのですけれど、辻井さんの演奏を拝見するときに思い出すことがあります。それは、多分めちゃくちゃうろ覚えなんで不確かなんですけど、10代だった頃に見た番組で、民放ドキュメンタリー的番組で山口かどっかの、目が不自由で視力がない男性が、ピアノを弾かれている番組があったんです。ご本人は僕よりもだいぶ年上だった気がして、お母様が付き添われていた気がします。ご本人はピアノで耳コピをしていろんな曲を弾くことができる才能をお持ちで、その演奏能力を、地域の小学校などで披露されていたようでした。小学校に演奏に行かれた際にお母様がマイクを持って「では次はエリーゼのために、です」とおっしゃって、ご本人が演奏される、という映像を覚えています。お母様はクラシックに造詣が深いというようなこともなく、ごく普通の田舎のお母様だったように思います。ですので、例えば音大につてがあるとか、そういう感じでは全く無かったと思います。今どうなさっているのか知るよしもありませんけれど、いいとか、悪いとか、どちらが価値があるか、というような話は別にして、似たような障害をお持ちで、さらに似たような才能を与えられた方であっても、地域で演奏を披露なさる方もあれば、BBC Promsで演奏を披露されることもあるということに、僕は、才能というものはもしかしたら、おそらく、きっと、環境によって伸びしろをどれだけ埋めることができるか、決定づけられているのだろうなと思ったんです。人生、運なので、人々のそれぞれが持つ得意分野が活かせる場所にたどり着いた人たちのみが、その才能の花を咲かせることができ、多くの人が芽吹いた芽を開花させられることなく、人生を送っているということがあるのだろうと思うわけです。そういった意味で、年長者や保護者、親の役割というのは本当に重大なんだなと思ったりしており、僕は、自分が自分の才能の花を開花させられたかどうか、いまだにわかっていないのですけれど、少なくともご飯を食べて雨風をしのげるだけの収入を得られる状態になるための助走を背中を押して助けてくれた親には心の底から感謝しているということなんです。ピアノも、今は弾くことがなくなったけれど、0か1かの違いは大きく、今でもクローゼットから電子ピアノを引っ張り出せば何かしら曲を弾けると思うとともに、ピアノに対する親しみ、好きという感情を持っていられること、50の手習いじゃないですけど、40の手習い的にまた始めようとしても始められる基礎があることの素晴らしさってないって思いますので、親に与えてもらったこと、教えてくださった先生、それなりに頑張ってた若かりし頃の自分に感謝だなって思ったりしておるわけです。今、何かしらやったら将来の自分が今の自分に感謝することもあるかもしれないと思って、目下、仕事がそれにあたりますけれど、踏ん張って頑張っておくことが大切だなと思ったりしています。

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